東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)10号 判決 1970年10月20日
原告 東洋デルマツク株式会社
被告 芝税務署長
訴訟代理人 国吉良雄 外三名
主文
被告が原告に対し昭和四〇年六月三〇日付及び昭和四二年一一月二九日付をもつてした源泉徴収所得税の納付告知及び不納付加算税の賦課決定の各処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
(原告)
主文と同旨の判決。
(被告)
「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二原告の主張
(請求の原因)
一、被告は原告に対し昭和四〇年六月三〇日付の第一次の処分をもつて、原告の源泉徴収に係る昭和三八年三月分の所得税七八八万二、三九〇円及び昭和三九年三月分の所得税五〇一万二、〇七九円(ただし、後記裁決により三三四万一、三八六円に減額された。)があるとして、その納付告知をし、また、これに対する不納付加算税として昭和三八年三月分につき七八万八、二〇〇円、昭和三九年三月分につき五〇万一、二〇〇円(ただし、右裁決により三三万四、一〇〇円に減額された。)の賦課を決定し、同年七月五日これを原告に通知した、原告は同月二九日被告に異議申立てをし、同年一〇月二〇日付をもつてこれを棄却されたので、同年一一月一六日東京国税局長に審査請求をしたところ、同国税局長から昭和四二年六月二八日付をもつて昭和三八年三月分の課税につきこれを棄却し、昭和三九年三月分の課税につき前記のように源泉徴収所得額を三三四万一、三八六円、不納付加算税額を三三万四、一〇〇円に減額する旨の裁決をされ、同年八月一日右裁決書謄本の送達を受けた。
そしてまた、被告は原告において右処分の取消しを求めるため本訴を提起した後にいたり、昭和四二年一一月二九日付の第二次の処分をもつて、昭和三八年三月分の原告の源泉徴収に係る所得税五二万五四、九二円があるとしてその納付告知をし、またこれに対する不納付加算税五万二、五〇〇円の賦課を決し、同日頃これを原告に通知した。
二、しかしながら、被告がした右各処分には次の理由により違法な瑕疵がある。すなわち、右各処分の根拠は要するに、原告はドイツ国法人たるデルマツク・マシーネン・フアブリツク社(以下、ドイツ・デルマツク社ともいう。)との間において同社に支払うべき特許等の使用料を借入の目的とし、利息を年三分とする旨の準消費貸借契約を締結したから、送金手続を省略したとはいいながら、右使用料を一旦ドイツ・デルマツク社に支払つたに等しい以上、右使用料から所得税を源泉徴収して政府に納付すべき義務があるというにあるが、原告はドイツ・デルマツク社に右使用料を支払つたことは勿論、ドイツ・デルマツク社との間において右使用料を借入の目的とする旨の準消費貸借契約を締結したこともない。原告はドイツ・デルマツク社に支払うべき右使用料を会計処理上、「預り金」勘定に計上していたところ、法人税の調査に際し、かような「預り金」勘定が相当期間残留していると、その支払の必要がないものと認定され法人税法上益金に加算されるおそれがあるとして、これを「借入金」勘定に振替え記帳するよう指導を受けたので、ドイツ・デルマツク社の諒解のもとに会計処理上、「預り金」から「借入金」に振替えただけであつて、右各処分はいずれもこの点につき事実を誤記したものである。
(抗弁に対する答弁)
一、被告主張の抗弁のうち一の事実は原告がドイツ・デルマツク社との間において被告主張の準消費貸借契約を締結した点及び原告が被告主張の所得税の源泉徴収義務を負担した点を除き、すべて認める。同二の主張は争う
二、仮に、原告がドイツ・デルマツク社との間において被告主張の準消費貸借契納を締結したとしても、これによつて旧債務たる前記使用料債務を消滅させるには外資に関する法律第一三条、外資に関する法律に基づく許可の基準の特例等に関する政令第七条第一項第四項により主務大臣たる大蔵大臣及び通商産業大臣の認可を要するのみならず、あらかじめ貿易取引の管理に関する省令(昭和三八年一一月二日大蔵省令第五八条)別表一七(その他の支払の受領)に基づく日本銀行の許可を要し、これを備えるまで右契納を有効として取扱わないのが徴税実務の慣行であるが、原告がさような認可、許可を得た事実はない。
(再抗弁)
仮に、右準消費貸借契納の締結に右のような認可、許可を要しないとしても、右契納は原告において税務対策としてその成立を仮装するため、真意がないのに、ドイツ・デルマツク社と通謀してなした意思表示であるから、無効である。もし、そうでないとすれば、ドイツ・デルマツク社が年三分の低利に甘んじるはずはなかつた。
第三被告の主張
(答弁)
原告主張の請求原因のうち一の事実は認める。同二の事実は原告主張の各処分の根拠の点を除き、すべて否認する。
原告主張の再抗弁事実は否認する。
(抗弁-課税根拠の主張)
一、原告は元その代表取締役であつた亡野末宣善の出願登録にかかる杭打機に関する特許権及び実用新案権につき専用実施権を有し、その通常実施権の許諾による対価を収益とするものであるところ、右権利の実施に関するドイツ・デルマツク社との紛争解決のため、昭和三六年六月二六日頃ドイツ・デルマツク社との間において石川島播磨重工業株式会社(以下、石川島播磨ともいう。)及び新三菱重工業株式会社(以下、新三菱ともいう。)から受領する右権利の実施許諾による使用料につきその八〇パーセントをドイツ・デルマツク社に支払う旨の契納を締結し(ただし、その後両者の合意により昭和三七年四月三〇日以降受領する使用料につき、右比率を五〇パーセントに変更した。)昭和三六年三月二三日以降石川島播磨及び新三菱から受領した右使用料のドイツ・デルマツク社に送金すべき分を外国為替及び外国貿易管理法等による規制の関係上支払うことなく、会計処理上「預り金」勘定に計上していたが、ドイツ・デルマツク社との間において昭和三八年三月三一日右使用料のうち昭和三六年三月二三日から昭和三七年三月三一日までの分四、二〇三万九、四一三を、また昭和三九年三月三一日同使用料のうち昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの分一、六七〇万六、九三一円をそれぞれ借入の目的とし、利息を年三分とする旨の準消費貸借契約を締結し、これに伴う会計処理として「借入金」勘定に振替え計上した。
したがつて、ドイツ・デルマツク社は旧所得税法(ただし、昭和四〇年法律三三号による改正前のものを指す。以下、同じ。)第一条第三項第六号所定の使用料の支払を受けた者として同法第一条第六項、第一八条第二項により税率を一〇〇分の二〇とする所得税を課せられ、また原告は同法第四一条第一項により右使用料につき支払をなす者としてその支払をしたものと解すべき右準消費貸借契約締結の際ドイツ・デルマツク社の右所得税を源泉徴収してその徴収の日の属する月の翌月一〇日までに政府に納付すべき義務を負担した。
しかるに、原告は右源泉徴収所得税を納付しなかつたので、被告は同法第四三条第一項により原告主張の第一次の処分をもつて原告に対し右源泉徴収所得税の納付告知をするとともに、これに対する不納付加算税の賦課決定をしたものである。
そして、東京国税局長は原告から右処分について審査請求を受け、審査の結果、原告の源泉徴収に係る昭和三八年三月分の所得税について課税標準を当初の五、二五四万九、七三円から四、二〇三万九、四一三円に減額し、また適用税率を当初の一〇〇分の一〇から一〇〇分の二〇に訂正すべきものと認めたが、これに従えば、源泉徴収所得税及び不納付加算税が増額され、原告の不利益に原処分を変更することになるため、裁決においては、ただ原告の審査請求を棄却するに止めた(行政不服審査法第四〇条第五項参照。)。そこで被告は右原処分との増差額につき原告主張の第二次の処分をもつて源泉徴収所得税の納付告知及びこれに対する不納付加算税賦課決定したものである。
二、なお、旧所得税法第四一条一項が所得税の源泉徴収義務の発生原因として規定する所得たるべきものの支払とは現金の授受 に限らず、社会通念上、これと同等に評価される経済的利益ないし価値の移転によつて債務が消滅すべき一切の場合をいうものと解すべきであるが、原告はドイツ・デルマツク社に支払うべき特許権及び実用新案権の使用料を同社との合意により借入の目的とし、これによつて右使用料債務を消滅させたものであるから、右使用料については右合意成立と同時に支払があつたものというべきである。
この点に関連して、原告は右使用料を有効に借入金とするには法令上主務大臣の認可及び日本銀行の許可を必要とすると主張するが、右行為は主務大臣の認可または日本銀行の許可がないため処罰の対象にはなつても、その効力を云々される筋合はない。
第四証拠<省略>
理由
一 被告が原告に対し昭和四〇年六月三〇日付の第一次の処分をもつて原告の源泉徴収に係る昭和三八年三月分の所得税七八八万二、三九〇円及び昭和三九年三月分の所得税五〇一万二、〇七九円(ただし、後記裁決により三三四万一、三八六円に減額された。)があるとして、その納付告知をし、また、これに対する不納付加算税として昭和三八年三月分につき七八万八、二〇〇円、昭和三九年三月分につき五〇万一、二〇〇円(ただし、右裁決により三三万四、一〇〇円に減額された。)の賦課を決定し、同年七月五日これを原告に通知したこと、原告が同月二九日被告に異議申立てをし、同年一〇月二〇日付をもつてこれを棄却されたので、同年一一月一六日東京国税局長に審査請求をしたところ、同国税局長から昭和四二年六月二八日付をもつて、昭和三八年三月分の源泉所得税につきこれを棄却し、昭和三九年三月分につき前記のように源泉徴収所得税額を三三四万一、三八六円、不納付加算税額を三三万四、一〇〇円に減額する旨の裁決をされ、同年八月一日右裁決書の謄本の送達を受けたこと、そしてまた、被告が原告において右処分の取消しを求めるため本訴を提起した後にいたり、昭和四二年一一月二九日付の第二次の処分をもつて昭八年三月分の原告の源泉徴収に係る所得税五二万五、四九二円があるとしてその納付告知をし、また、これに対する不納付加算税を五万二、五〇〇円の賦課を決定し、同日頃これを原告に通知したことは当事者間に争いがない。
そこで、右処分の適否について考察する。
(一) 原告が抗打機の特許権及び実用新案権の専用実施権を有するところ、右権利の実施に関するドイツ・デルマツク社との紛争解決のため昭和三六年六月二六日頃ドイツ・デルマツク社との間において石川島播磨及び新三菱から受領する右権利の実施許諾による使用料につき八〇パーセントをドイツ・デルマツク社に支払う旨の契約を締結し(ただし、その後両者の合意により昭和三七年四月三〇日以降受領する使用料につき、右比率を五〇パーセントに変更した。)、昭和三六年三月二三日以降石川島播磨及び新三菱から受領した右使用料のドイツ・デルマツク社に送金すべき分を外国為替及び外国貿易管理法による規制の関係上支払うことなく、会計処理上「預り金」勘定に計上していたこと、そして、原告が右使用料のうち、(a)昭和三六年三月二三日から昭和三七年三月三一日までの分四二〇三万九四、一三円については昭和三八年三月三一日、また、(b)昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの分一六七〇万六、九二一円については昭和三九年三月三一日それぞれ会計処理上、「預り金」勘定から「借入金」勘定に振替えたことは当事者間に争いがない。
被告は右勘定の振替えが原告とドイツ・デルマツク社との間における準消費貸借契約の締結に伴つてなされたものであると主張し、<証拠省略>をあわせ考えると、原告は右(a)の使用料につき昭和三八年三月二日付書面をもつてドイツ・デルマツク社に対し目下送金が不可能で、これを放置すると、やがて原告の純益金として課税されることになるので送金可能となるまで年利三分の借入金として処理することを承認されたい旨を申し入れ、同社から同年三月二一日付書面をもつてこれが承認を得たうえ、前記のような会計処理をするとともに昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日にいたる営業年度の決算報告書の貸借対照表にも右会計処理に合致する記載をし、また右(b)の使用料につき昭和三九年三月三日付書面をもつてドイツ・デルマツク社に対し右と同旨の申入れをし、同社から同一五日付書面をもつて承認を得たうえ、前記のような会計処理をするとともに昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一にいたる営業年度の決算報告書の貸借対照表にも以上の会計処理に合致する記載をしたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) しかしながら、右認定のように原告とドイツ・デルマツク社との間になされた右(a)及び(b)の使用料に関する合意はその内容自体からしても直ちにこれを被告主張の準消費貸借契約の趣旨に解し得るものではないのみならず、<証拠省略>をあわせ考える、と原告にはその事業経営上、右(a)及び(b)の使用料未払分を、あらためて借入の目的とし、これに年三分の低率とはいえ利息を付する趣旨の契約の締結を自ら進んでドイツ・デルマツク社に申し入れる必要が全くなかつたこと、すなわち、原告がドイツ・デルマツク社に対し右使用料未払分に関する申入れをしたのは右使用料未払分が「預り金」勘定として相当期間残存すると支払の必要がないものと認定され、法人税上純利益金に加算されると素人なりに判断し、専らさような成行きを避けるため、会計処理上これを「借入金勘定」に振替えるだけの意図によるものであつたこと、一方ドイツ・デルマツク社は右(a)及び(b)の使用料未払分については原告との前記の合意にかかわらず、その性質に変更ががあつたものと観念せず、したがつて会計処理上も格別振替え記載をしなかつたことが認められ、右認定の事実によると、むしろ原告とドイツ・デルマツク社との間の右使用料に関する合意は単は原告の会計処理上についての諒解を目的としたにすぎないものと解するのが相当である。そして、他には原告とドイツ・デルマツク社との間に被告主張のような準消費貸の借契約締結の事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) そうだとすると、被告が原告とドイツ・デルマツク社との間の右(a)及び(b)の使用料に関する合意を根拠にその支払があつたとして原告に源泉所得税の徴収義務を認めてなしたその納付告知及び不納付加算税賦課決定の各処分は事実の誤認に基づく点に違法な瑕疵があるものといわなければならない。
二、よつて、本件源泉徴収所得税の各納付告知及び不納付加算税賦課決定の各処分の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎 小木曽競 山下薫)